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2006年7月30日 (日)

「ブラジャー買ってやろうか」とオヤジは言った

目の前を行くカップルが、手を繋いでいる。
繋いでいるというより、彼女が手を捕まえていると言ったほうがいいのかもしれない。




僕は仕事を終え、家路を辿っていた。
時間は4時ごろだったからか、あたりには多くの人が買い物に、また何かの目的を持って(または持っていなくて)歩いていた。




僕の前を歩くカップルは二人で手の曲芸をしているかのように、弄んでいる。
「仲良くていいな」
と、思っていた刹那、
下着屋の前を通り過ぎた瞬間、
カップルの少し前を歩いていたおじさんが急に振り向いて


「ブラジャー買ってやろか?」
と、彼女に言った。

彼女は即座に、体をしかめて
「いらないよ」
と言葉を返す。



え?

彼らの関係を探る。
もしや父親か。
後姿や、先ほどの会話を見る限り、女の子の父親らしい。
隣にいる男の子は兄弟?
お姉さんが弟を捕まえている仲の良い兄弟と見えないこともないので、なんとも後ろからでは判断がつかない。



ただ、僕のフォーカスはカップルもどきから、父親へと移る。
下着屋での発言から、何もなかったかのように、また二人の前をすたすたと歩き続ける。
二人を気にしてなのか、自分のご勝手主義、はたまた父親の照れなのか、並んで歩いたりはしない。


しかし、
「ブラジャー買ってやろか」
って、多くの人たちが行きかう中で、言われて、
「はい。買って」
と、娘は言うと思って聞いているのだろうか。
お父さんは本気で勝ってやるつもりではなく、
親父ギャクのような感じで、その場を暖めよう、二人との関係を繋ごうという、その場しのぎのコミュニケーションだったのかもしれない。




オヤジはまだすたすたと歩き続ける。
薄い草履を履いているので、「ペタペタ」なのかもしれない。
二人を気にせず歩く姿が、なんとも言えず愛らしく感じる。
ほんとは気にしているくせに。


後ろの二人は、前を歩くオヤジを気にしていないかのように、さっきの発言がなかったかのように、ただ、二人の世界で歩く。
こちらはスタスタではなく、「ベタベタ」と。

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2006年7月28日 (金)

夏の風物詩と戦う、暑い夏の日

「暑い夏 暑いったらない ああ暑い」

暑いという字が暑苦しく感じる、この夏。っていうか、やっと来たか、「本格的な夏」という感じですが。

昨日、今日と、今までの梅雨空寒空がどこに行ったのかと思われるくらい、暑い日が続いています。今日は家にいても、タンクトップで過ごす日でした。扇風機を近くに置いてね。




外に出ると暑い。
と言っても、出なくてはいけないわけです。今日は、東京コメディストアジェイのミーティングがありますから。



じと~。



まるで、煮ていた鍋の蓋を開けた蒸気が顔にかかったかのように、じわ~と額に汗が滲む。

「うわ~。暑さに強い僕でも、暑い」
夏な訳です。




ハンカチを手に持ちながらしばらく歩いていると、右手の方から


「チリン、チリ~ン」


という音色が聞こえてきました。



そう。風鈴の音です。


「やっぱいいね~」

あれほど、首にまとわりついた生暖かい風が、風鈴の音を聞いただけで、心を洗ってくれるような風に感じます。


「まあ、イメージだけなんだけどね」

そう、体では思っていながらも、喜んで騙される騙される。
だって、本当に涼しい音色なんだもの。



「チリンチリン」

いつまでも聞いていたいね。暑さに対抗して、頑張って進めていた歩が、自然にゆっくりになります。





すると、一筋の強い風が。



「ちりちりちりちりちり~んちりり~んちり~ん」



うるさ~い。



今までの涼しげな音はどこにいった。
ただの騒音になり、僕の耳にやってきたのです。


「風が吹いて、鳴りゃいいってもんじゃないな」

そよ風に吹かれて、「ちりん」となびくからいいのです。
台風のような風が吹くときに、軒先に出して風鈴をたなびかせていたら、風流どころかお隣さんから大クレームです。

「あんた~。うちの子が寝れないわよ~」
って。




風はその後しばらく続き、風鈴は身を任せて揺られるがままでした。


「ああ、うるさい」





ああ、そうだ。忘れてた。
去年、郵便局でもらった風鈴が家にあった。
帰って取り付けよう。
ただたなびいてくれていれば、涼しい物だからね。





「梅雨空に 終わりを告げる 風鈴の音」

お後がよろしいようで。

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2006年7月27日 (木)

「極端」という言葉と対応について考える

止まるはずがないと思っていたものが突然止まった。

それは「エスカレーター」。





本屋に行こうと、エスカレーターに乗り、のほほ~んと鼻歌でも歌いそうなくらいのんきに乗っていたら、急に



がく~ん



と、足がずしりと重くなるような感覚が起きる。

ずっこけるような感じで前につんのめり、エスカレーターが止まったことがわかる。





「急に止まるんかい~」

突っ込みたくなる衝動を抑え、後ろに乗っていた皆さんは大丈夫かと振り向くと・・・





スタスタスタスタ。



まるで止まったことはなかったかのように、

まるでこのエスカレーターは前々から階段だったかのように、

まるで騒いでいるのはおこちゃまりょーちんだけかのように、

皆さんは変わりない顔をして、変わりない姿で

エスカレーターを登ってらっしゃる。



スタスタスタスタ。





みんなが勢いよくあがってきたもんだから、

「あ、僕も上がらなくちゃいけないわね」

と、階段になってしまった違和感に耐えながら、一所懸命登ることに。






人間って、ほんとにビックリした時には極端な対応をしないものなのか、
はたまた、このくらいのことでビックリしている僕が極端なのか。



階段を登り終えて、

「ふ~む」
と考え込む、私りょーちんでした。






その後、エスカレーターは業者さんが来て、直してらっしゃいました。

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再発見し、再出発。そんな一日。

「声を褒められるのは、うれしいことなり」



今日は、とあるカフェのイベントを見に行ったら、突然の飛び入り指令が・・・。
ひとり即興芝居をやることになりました。
このイベントは、「即興音楽とポエム」とのセッションで、僕も音楽と合わせて即興をすることに。




とても楽しく演じれましたが、

終わってから、一人の見ていたお客さんに言われたのが、上記のこと。

「声がいいね。声で惹きつけられるのはすごいわよ」
って。





役者は、音楽家の方とは違って、体や声が楽器である。
その部分を褒められるというのは、とてもうれしい。
もちろん「面白かった」と言ってもらえるのが、一番嬉しいことだけどね。





ライブ後は、その店のマネージャーさんや即興で演奏していた方とお話を。
僕らの抱いている即興感と、音楽や踊りでの即興感について話をした。


「自分から生まれてくるもの」というのは共通したものだし、重なっていく合わせていく引き出さされていくという感覚は一緒なんだなと思った。
とても興味深く、もっと話をしていたかった。




即興だからどこでもできるという魅力を再発見した日だったし、
自分の売りや課題も再発見できた日だった。
また、多くの方に出会えたし、
楽しい時を過ごすことができた。





また、今日から再出発。
ありがとう。

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2006年7月24日 (月)

自転車と僕に空気を入れる

自転車のタイヤの空気を入れた。
去年の10月に買ってから、一度も空気を入れていなかった。
家に空気入れがなく、自転車屋さんにいかないと入れられないからという建て前の言い訳はあるが、ただ単に、自転車屋さんの前を通りかかってもめんどくさいのでいれなかったのだ。
ただ、今日は通りかかる前から、「空気をいれよう」と固く決心をしていて、入れることになったのだ。だって、もう乗ってて、あまりにもひどいから。



空気を入れると、自転車はまるで生き返ったかのように軽やかに踏み出していく。
どこへでもこのまま行けるのではないかと錯覚するくらい、タイヤの回転がいい。
僕も、自分にも空気を注入されたかのように、颯爽としている。
気の向くまま、自転車の向くまま、走らせることにした。



かといって行く宛てはない。
自分の街、下北沢を駆け巡る。


  
改めて思う。路地の多さ。
日本の計画的ではない街計画、道路計画を嘆く人はいるが、
僕はこの路地が好きだ。
どこに出るのかわからない、まるで迷路のよう。
それがとても楽しい。



突き当たりにぶつかり、戻ることを余儀なくされる。
通ってきた道を逆走する。
これはこれでまた味がある。
さっき見た光景とは、逆向きに見れるだから。



ただただ、自転車を走らせ、狭いところを巡り巡るだけだから、何度も同じ道に出くわす。
一度会った人にも何度も会う。
「こいつ何をやっているんだろう」
って思われているんだろうな。
そんなことはお構いなし。
僕の心は自転車と共にある。
僕の心から空気は漏れていない。



曇った空から、雨粒が落ちてきた。
僕の尖った鼻を、少し濡らす。
この蒸し暑い時にはちょうどいいくらいだ。
迷わず、ペダルを漕ぐ足に力をいれ続ける。



自分の街なのに、新たな発見をいっぱいする。
公園がいっぱいある。
連なっているところもある。
知らなかった。今度、ゆっくり来てみよう。
この道はここに出るのか。
迷路の道が、僕の頭の中で組み立て直される。



空がどんどん暗くなり、雨粒が雨糸に変わり始めた。
そろそろ帰りなさいの合図だろうか。
体を自転車にゆだねながら、ハンドルを家の方向へ向かわす。



家に着く。
なめらかに自転車は止まる。
お腹がすいた。胸はいっぱいだけど。





「身を任せる」
それはとても心地よく、素敵なことだった。
自然のまま、流れるまま。

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2006年7月22日 (土)

ああ、ひとりでポンデリングが食べたい

仕事帰り。手にいっぱいの荷物を抱えて、電車で帰宅しようとする。
途中乗り換えで、家の最寄の一個手前の駅で下車。


ホームに佇む、僕。

電車に乗り換えず、佇む僕。




「ポンデリングが食べたい」




突然、あほなことを考えだす。




何を言っておるのだ。今、おぬしは手に大荷 物を抱えているではないか。
ここからミスタードーナツまでは、階段降りて改札抜けて300mほど歩かねばならんのだぞ。

「ポンデリング」

紐が食い込んでいる手のひらを見よ。もう、帰ることを望んでおる。

「もちもち。もちもち」

あと、一駅ではないか。

「もちもち。もちもち」





というか、何故に今ポンデリングなのか~!?




頭と体が格闘する。
何でポンデリングなのだろうか。
しかも、あのタイミングで何故にポンデリングが食べたくなったのだろうか。

わからない。
ただ、急に頭の中がポンデリングでいっぱいになり、口のあたりが「もちもち」いい始め、それを求め始めた。


しかし、この大荷物。とても抱えていきたい気持ちではない。


ホームの上で格闘は続く。




「う~。えい。ぜぇ~ったい後悔する。買いに行く~」

頭の勝ち~!!

重たい荷物を抱えながら、ミスタードーナツに向かう。





ミスド前に到着。
ここでまた、ちゃちゃが入る。
「ポンデリング一個だけ買って帰るの?」


妙な見得が働く。
一個じゃね~。なんか、しけてるって思われるし。かといって、夕食前だから一個で十分だし・・・。

議論はまとまらず、店員さんとの応対中の僕の判断に任す。




「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?」

すごいですね。そのとおりです。

「はい」

「ご注文は」
「ポンデリング黒糖」

即答。

「・・・はい」

「それと・・・・・」

隈なくウィンドウの中を物色。


一個で十分だ。
いや、もう一個。
一個。
ううん。もう一個。
一個。

「チョコファッション」


「はい・・・」


二個買っちゃった。
ポンデリングが食べたいだけで、ここに来たのに、チョコファッションまで買っちゃった。


「手提げ袋をお使いになりますか」
「いいえ。いらないです。ありがとう」




いそいそと、荷物を抱えなおして店をでる僕。
口の中は、相変わらず「もちもち」しているのでありました。
はあ、情けない。




その後、うちに帰って即刻ポンデリングを食べました。
「もちもち。もちもち」言いながら。


チョコファッション・・・。
このブログを書きながら、夜中に食べることになるのでした。

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2006年7月21日 (金)

「お客様は神様でございます」とりょーちんも言った

東京コメディストアジェイ「即興グランプリS-1」にご来場頂いた皆さん、応援してくださった皆さん、今ここで「なんじゃそれ?」と思っている皆さん、ぞぞい~と含めまして、


どうもありがとうございました。


無事、第五ラウンド終了いたしました。


私は、皆さんに乗せられてか、ひとり即興芝居をしてしまいまして、見事高評価を頂きました。どうもありがとうございます。



これもひとえに、前回の「悔しさ日記」に多数の励ましコメントを頂いたり、今日のライブで熱い声援を送ってくれたり、毎日の僕の日記を読んでくださる皆さんのおかげでございます。皆さんからのいっぱいのパワーを手に、演じることができました。






まだまだ、「S-1」は折り返し地点。
12月、10ラウンドまで続きます。


次回は8月17日木曜日。


お時間のある方、りょーちんを応援してやろうという方、即興芝居というものを一目見に行きたいと思っている方、白熱したバトルが見たいという方、腹を抱えてただ笑いたいという方、
ぜひぜひ次回即興グランプリ「S-1」にご来場ください。
お待ちしております。



それでは皆さん応援ありがとうございました。
これからもどうぞ「伊坂亮」「りょーちん」をよろしくお願いいたします。



あ、いい忘れていました。
「最後にはチャンピオンの椅子に座っています。よろしく」

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2006年7月20日 (木)

傘は僕のアイデンティティー

色とりどりなのは洋服だけではない。雨に咲く花、傘の話。



昼間の電車。

座席はまんべんなく埋まっていて、立っている人はほとんどいない。車両全部を見渡せる状況である。



僕は車両の端のドア付近に座り、目的地に向かってゆらりゆらりと電車に揺られている。

外は雨。
今週いっぱい続くという、止まない雨。電車に乗っている人は、皆、傘を持っている。

ある人は手すりにかけ、あるひとは手に持ち、ある人は股の間に挟んでいる。
バッグは全ての人が持っていないのに、傘は全ての人が持っているという面白い光景。

みんなそれぞれ、洋服に合わせてなのか、ただその色なのか、色とりどりの傘を持っている。 花柄、ヒョウ柄、黒、赤、黄・・・・・、ビニール。
傘がまるでその人のアクセサリーのように、存在している。




その中に、3本の傘を持つ女子高生がいた。
大きさも色も違う、3本の傘。
オレンジの大きめの傘、赤色の中くらいの傘、小さめの透明のビニール傘。

「置き忘れていた傘を持って帰ってきているのかな」
そう思った。
親に「持って帰って来なさい」って怒られて、この雨の中持って帰ってくることを余儀なくされたのかもしれない。




僕の手元を見る。
ここにいる車両の人はみんな大きい傘なのに、
僕だけ「折りたたみの傘」。
未だ、前回大きい傘を電車の中に忘れてきてから買っていない。
機会があったら「買おう、買おう」と思うのだけど、
「折りたたみで、事足りるし・・・」
と、小さい傘で最近の雨を耐えている。



自分の傘だけが小さいことに、そして未だに買ってない事実がおかしくなって、ふと小さく笑ってしまった。
と、前を見ると、ウグイス色の傘を持ったおばさんがこっちを見ていた。

「恥ずかしくはないよ」
と、照れずに、その顔を崩さず折りたたみの傘を握り締めて、電車に揺られた。

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2006年7月19日 (水)

そこへ行くと片方だけ濡れている

東京コメディストアのメンバーと、稽古後に会食。
話の流れは、プロデューサーのコスタリカでの経験談に。




夜の月のムーンライト。昼の鮮やかなサンシャイン。
色鮮やかな花たち。マイナスイオンたっぷりの滝。


文字だけでは、すごさを表現できないくらい。
聞いてて、頭の中は想像でいっぱい。
自然が手付かずで残っている、地球が本来ある姿。
とても行ってみたいと思いました。




そのプロデューサーの話で特に面白いと思ったのが、
「水を怖がる鳥がいるのよ。だから雨が降り始めると雨をよけるように雨の境目をピーピーピーピー言って飛ぶのね」
という鳥の話。


雨の境目。


そうだ。雨には境目があるんだよね。
降っていないところと降っているところがあるんだ。
これって面白いなって。

今こうして降っている雨をたどっていったら、雨が途中で降っていないところにたどりつく。
ほんとに境目に立ったら、右半身は濡れてて、左半身は濡れてないってことになるんでしょ。

「雨の境目」

おもろいなあ。



今こうして毎日降っている雨だけど、降っていないところもあるんだなって考えていたら、雨が降っているのもなんか楽しくなりました。





こちらは不都合でもあるけれど、雨の恵に感謝。
そして、今ある自然を大事にしていかなくてはいけないと感じた、今日一日でした。

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2006年7月17日 (月)

さて、今週木曜日20日は・・・「エスワン」

宣伝、及びお知らせ~。




7月20日木曜日。

20:00~

渋谷クロコダイルにて

東京コメディストアジェイライブ「即興グランプリS-1」

が行なわれます。




全10回の今回は5回目。折り返しです。





15人がエントリーをしていて、一日のライブでそれぞれがその場でメンバーを選び、やることを決めた即興のストーリーを15個行います。

さて、今回は誰が一番のシーンに選ばれるでしょうか。

もちろん、僕であるべきだし、僕でありたいですが。
今回はリベンジですしね。




詳細は東京コメディストアジェイホームページまで。
お問い合わせは、japanese@tokyocomedy.comへ。
または、直接僕までお願いします。



応援、観戦、お待ちしております。







りょーちん

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2006年7月16日 (日)

7月16日。誕生日おめでとう。

今日、7月16日はお袋の誕生日。
僕が生まれた時26歳だったということは、今年僕が31歳だから・・・・・。
いい歳になった。



僕が実家を離れて早10年強。
思い返してみて、あっという間だった。

実家でお袋がしてくれていたことは、一人暮らしになって、全部自分でやることになった。
離れてみて、月並みだが母親の偉大さをまじまじと感じた。




数年前まで、お袋は何かと言うと、
「実家に帰ってきな」
と、僕に言ってきた。
実家に帰った時、はたまた電話口で、手紙で・・・・・。


それが最近、言わなくなった。

「お袋、変わったのだろうか」
そうかもしれないが、僕が思うに、一番は
「僕が変わったのだろう」。
だから言わなくなったのだ。



大学を途中で止め、芝居の道に入った。
両親から見れば、
「大学だけは出て」
と、嘆願するような気持ちでいたのに、辞めてしまった僕をなかなか応援する気持ちにはなれなかったのだろう。
それだけではなく、好きな芝居の道に進んだはずなのに、どこか悩みや苦しみを感じ、親として心配もあったのだろう。


当の本人は、両親の心配通りに、大学を辞めてから進むべき道を進みながら模索していた。
「ほんとに僕はやりたい道にすすんでいるのだろうか」
いつも心配しながら、道を進んでいた。
いや、進んでいたのではない。立ち止まって、どこの道に進んでいったらいいか考えていたのだ。道は一つしかないはずなのに・・・。
行動をせず、ただ、無い頭で考えていた。



今、お袋は、僕の仕事の中身の心配をするが、仕事そのものの心配をすることはない。
それは、僕が明確に道を進むようになったからで、それをお袋は感じてくれているからだと思う。

電話口では
「応援してるからね」
と、言ってくれる。

「応援」

誰でもなく、お袋に両親に「応援」してもらえることほど嬉しいことはない。
その激励を受けるたびに、「頑張ろう」と、多くのエネルギーをもらう。
(昔は、応援してもらっても、プレッシャーでしかなかった)


ほんとにありがとう。





話は変わるが、昨日、お袋から荷物が届いた。
頼んでおいた、おコメなど食料品だ。
「おコメと一緒に何か送ってあげる」
というから、必要なものを入れたのだけど、その中に頼んでいない物が。

「こんにゃく畑?」

何故か、毎回入れてくれる。

実家にいたとき大好きだったもので、お袋はそれを未だに忘れていない。

「こっちに来てからは、食べる機会がほとんどなくなったのだけどね」

僕が誕生日のプレゼントを贈らなきゃいけないのに、代わりにプレゼントをもらうとは。
面目ない。





すっかり、自分の話になってしまった。
では、改めて。

「お母さん、これからも元気で長生きを」

誕生日、おめでとう!!

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寝起きの頭の中にいろいろな物が飛び交う

日曜の朝は騒がしい。




朝、子どもたちの声で起こされた。

携帯の時計を見ると、「・・・・・。」
まだ、さほど寝ていない。

昨日の夜は、仕事で寝るのが遅かった。



「寝る」

と、もう一度、目を瞑り眠気を誘導しようとするが・・・。




「・・・テレビ、パソコン、使えなくても映らなくても構いません。不用品がございましたら・・・」

回収車がやってくる。



「・・・・・。」


女性の声ならまだいいのに、おじさんのけたたましい声で、しかも声大きくどなっている。


「はあ」


「寝る」


目を瞑る。


おじさんはかなりゆっくりのスピードで走っているのか、声がなかなか消えていかない。




・・・と、やっと声がしなくなり「寝れる」と思ったら、


「ぶ~ん」

どこから入ってきたのか、大きな虫さんの登場です。

この虫さん、飛んで音を出すなら、ずっと飛んでてくれればいいのに、飛んでは止まり、止まれば飛ぶを繰り替えす。


「うう。キンチョウリキッドを使ってから、蚊には悩まされなくなっていたのに・・・」

また、この前同様格闘しなくてはいけなくなるとは。
蚊にしか効かないのかね、これは。



「はあ」



「寝れるわけねえ」




・・・と、「エ~ン、エンエン。ッフィ~、エンエン」
隣のアパートから子どもの泣き出す声が聞こえてくる。

「・・・パソコン、映らなくても・・・」
あ、おじさんの回収車戻ってきた。

「ぶ~ん」
虫も飛ぶ・・・・・。





「うるさ~い」





「もう、起きろってことだね」




ああ、日曜の朝はいろいろ騒がしい。

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2006年7月14日 (金)

当たり前のことだが不思議に思う。「重力」

「当たり前か」

そう。当たり前である。原理的には。
わからないわけではないのだけど、考えてみると不思議である。






今日、夕飯は手抜きをして、コンビニでカップ入りのサラダスパゲティを買ってきた。
カップを開け、具材をスパゲティの上に開け、ドレッシングをかけた。
具材はスパゲティが見えないをほどかぶさっていて、ドレッシングは上でとどまっているように見えた。

さてと、かき回そうと割り箸を容器の下までいれ、麺を下から上にもってこようとすると、

「あれ。ドレッシングが下まで来ている」。

麺にはしっかりドレッシングがかかっていたのだ。
僕が今かけたドレッシングがしっかり染み渡っていたのだ。

「当たり前か」

当たり前である。
具材の隙間から、重力で下に流れたのだ。
当然だ。
驚くことではない。






昔、不思議なことがあった。それを、スパゲティをかき回している時思い出した。

ソフトクリームを買ってもらい食べていると、いつも疑問に思っていたこと。



「なんで、コーンにもソフトクリームが入っているの?」



店員さんは、コーンを持ちソフトクリームを入れているとき、コーンに詰め込んでいる素振りはないのに、ソフトクリームを食べ進めていきコーンにまでたどりついても、まだソフトクリームが入っていて、いつも驚いていた。


「もしかして、あのコーンには最初からソフトクリームが入ってるんだ」
なんて、ずっと思ってた。



今となっちゃあ、コーンは常温で置いてあるからソフトクリームが入っていないのもわかるし、ソフトクリームが重力で下がってくるからだって知っているけどね。


あの頃は、ほんと不思議だった。






スパゲティとソフトクリーム。

関係はないけど、僕に不思議さをくれるのでした。

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2006年7月13日 (木)

おばさんの昼間とおじさんの夜の事情

昼間。



携帯片手に、ソフトクリームを逆の手に持つ。

マックで、おばさん4人。

テーブルを囲って座る。

「どっちかにしろよ」と突っ込みを入れたくなるが、片時も離したくない、携帯への愛情がかわいらしくなり、見守ることとする。




どうやら、聞こえてきた話によると、4人で公園かどこかに出かけて、携帯で写真を撮ってきたらしい。それを4人で、チェックしながら見比べているのだ。



「その写真、よく撮れているわね」

「この写真みて」

ソフトクリームはあらかた食べ終えて、携帯をいじるスピードが速くなっていく。



顔だけ、いや話だけ(それも無理があるか)聞けば、女子高生と同じだ。

最近は「オバタリアン」と昔ほど賑わすこともなくなり、どちらかというとパワーは女子高生に押されがちなおばさんだが、なかなかどうして。まだまだ時代には負けないパワーを感じた。






夕方。



自転車を走らせる。

飲み屋の前で、おじさんの集団に出くわした。

店の前で、もめているようだ。


「2500円の中に歌い放題も入っているんだよ」

「ちげえよ。別料金だよ」


どうやら、店の前に張り出している、

「2500円飲み放題。歌い放題」

の看板をめぐって、おじさん同士でもめているらしい。



自転車のスピードを恐ろしく殺して、おじさんたちの脇を通りぬける。

「2500円の上に『歌い放題』って書いてあるだろ。だから、入ってるんだよ」

ひとりのおじさんが捲くし立てる。



スピードを殺したが、その後のバトルは見切れなかった。



歌い放題をめぐっての論戦。



おじさんたちは、とにかく歌いたかったのだろう。
そして、予算のこともあったのだろう。
昼間のストレスもあったのだろう。
おじさんたちで、もめることではないのに(店に入って聞けばいい)。



でも、なんかそのいじらしさが見ていて楽しくなってしまった。
気持ちよくお酒を飲めてたらいいなと願う。






おばさんは昼間携帯片手に。

おじさんは夜マイク片手に。

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2006年7月12日 (水)

よくよく考えると、こういう風に考えられる

メガネをかけるとか、ハナレグミ。

風貌からか、竹中直人。

舞台で見せる仕草からか、雨上がりの宮迫。

ワールドカップでか、アンリ。

髪型でか、ジダン



などなど・・・・・。







これが何かと申しますと、最近言われた


「りょーちんって○○に似ているよね~」リストです。


今思い出せないだけで、まだかなりの数言われております。





「似ているって言われるのもね・・・」

ほんとに似ているのかよって言う人もいるし、
僕は僕だし、
純粋に喜べない僕がいました。




が、今日、ふと考え、


「その人を見て、僕をイメージしてくれるっていうのはいいことじゃない」


って思い、なんだが嬉しくなりました。





みんなの頭の中に、何かのきっかけで僕という(歪曲している人もいますが)イメージが浮かんでくれているというのは、とても冥利に尽きます。





何かのきっかけで、僕をイメージしてくれている皆さん。

ほんとにありがとう!!!

これからは、その「きっかけ」も与えないくらい、頑張っていきますよ。

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2006年7月11日 (火)

激しいバトルが目の前で行なわれる

「○○さん、ご飯食べなくていいの?」 と、おばさん、いや、年配の奥様がそう言う。

「あら、ここでパン食べてたわよ」 と、前に座るババア、いや、パーマをキツくかけた奥様がそう返す。




ここは、カフェが併設しているパン屋店内。

仕事と仕事の間の時間をパンとコーヒーで潰す僕。隣には、僕より前に来店し、飲んだアイスコーヒーは氷ごと全て飲み干した(うっすら残るコーヒー色の水滴が、何がそこにあったか想像させる)、前記の二人が座る。




「あら、食べてたの?なら、もう行くけどいい?」
目の前で食べていなかったのだろうか。その発言にこちらは心配になる。

「行こうかしら」
そう言う奥様のキツいパーマの髪は、冷房の風にもあまり揺られない。




すると、パーマではない奥様がテーブルにあった二つのトレイを持ち立ち上がる。

「ちょっと△△さん。ダメよ。そんなことしちゃ…」
僕の目の前で、トレイを取り合う二人。

「ありがとう」でいいではないか。二人を見て、そう思う。



激しいバトルの末、
結局、最初にトレイを持った、パーマではない、パーマをかけた人がパンを食べていたことを忘れてしまった(いや、ほんとは忘れたのではなく、この後何かを食べたかったから言ったのかもしれない)奥様がトレイを片付けていった。





トレイを片付ける片付けないで、これだけ意地や優しさを表すなんて、ある意味すごいなあと感心した、昼のひと時でした。

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2006年7月 9日 (日)

おとなと子どもの境界線を探す

体に栄養のあるものをと、回転寿司屋へ。
体が弱っている時に、寿司がいいのかは疑問に思うが、好きなものを食べることが一番と、店に入る。




「楽しい~」
目の前では、寿司が皿ごと飛び出さんばかりの迫力で回っている。

僕は回転寿司屋が大好きだ。
見て楽しいし、食べておいしい。
二度楽しめる。




お腹に相談しながら、あらかたの食べたい寿司を食べた。あらかたと言っても、小食なので、限られているが。
さて、締めに何を食べるかと考え、カウンターの中にいる店員さんに「ウニ」を注文する。
最後に「ウニ」を注文するなんてと、寿司通の人には怒られるかもしれないが、前述同様、
好きなの物を食べる。それで締めるそれが一番。



しかし、「ウニ」はうまい。
口に入れたときの、溶けるような触感。
ほどよい苦味にコク。
こんなにうまい物が他にないのではないかと思ってしまうくらい、口に入れて酔いしれる。




「うん。満足」と店員さんにおあいそを告げようと、
声を口にしようとすると


「はて?」

一つ疑問が浮かんでしまった。
唐突に。




「俺、いつからウニを食べれるようになったのだろう」




小さい頃、寿司屋に言っても「ウニ」を食べることはできなかった。
おいしそうにほおばる親を見て、
「あんなに苦い物をなんでおいしそうに食べれるんだ」
と、エビを食べながら、おいしそうな顔をして対抗していた。

大人になっても食べれるようになるなんて想像できなかった。




「しかし、今、こうして食べれている。どのタイミングで食べれるようになったのだろう」




他にも、昔は甘くないお茶を飲むことができなかった。
初めてジャワティを買ったとき、あまりの苦さに、ほとんど道端に捨ててしまった。
今は、好んで飲むのに。




どこかに、味覚が変わる「おとなと子どもの境界線」があったのだ。
それは実感しやすいものではないから忘れやすかったのかもしれない。
案の定、どれだけ思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。


いろいろな物が食べれるようになった今は、とても嬉しいし幸せだ。
「絶対、食べれるようになれない」
と言っていた、小さい頃の僕には申し訳ないが。




「店員さん。おあいそ」
満腹になったお腹をさすりながら、会計をし、店を出る。


好きな物を食べて、いっぱい元気になったような気がした。
店の外に出た時の顔は、ニヤニヤしていたかもしれない。

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2006年7月 8日 (土)

体と扇風機に一生懸命相談をする僕

ブログの更新を楽しみにしてくれている皆さん、こんにちは。りょーちんです。


暑いですね。今日も。うだるような暑さです。




なのに・・・




「寒い!?」


このクソ暑く、冷房苦手な僕の唯一の夏を凌ぐ手段である扇風機の生暖かな風が足元そよぐ中、 「寒いかな」 という訳の分からない感覚が僕を襲っています。


「はて?」

扇風機を消してみる。





・・・・・。




「暑い~」


消したら消したで、また暑くなる。

額ににじむ汗。背中に伝う汗。

「またつけましょ」 と扇風機のボタンを押す。





「寒い!?」


扇風機の「切」のボタンを押す。





「はて?どうしちまったの僕の体」





風邪をひいちまったようです。昨日のライブ疲れもあるのでしょうか。

ということで、額に体に汗をかきながらでございますが、寝ることといたします。

またブログを更新いたしますので、もう少しお待ちください。





ちなみに、昨日のライブはたくさんのお客様が来てくださり素晴らしいライブでした。来てくださった皆さん、ありがとうございました。


次回は、7月20日木曜日「Sー1」です。次回は・・・・・、


うぅ~。「Sー1」のことを考えたら、力と熱が入ってきた。いかんいかん。




ではでは皆さんも体には気をつけて。

「お前が気をつけろ!!」 ありがとうございます。気をつけます。

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2006年7月 6日 (木)

さあ、密室に閉じ込められた。どうする?

コンタクトレンズを買いに、わざわざ電車に乗っていくことに。

自分の街にもあるのだ、コンタクトレンズ屋は。
でも、そこは高い。

電車の運賃と、そこと行く先のコンタクトレンズ屋の差額を頭の中で天秤に測り、「わざわざ」電車に乗っていくことにした。





コンタクトレンズ屋は、ビルの8階。
否応なく、エレベーターで行くことになる。



エレベーター前には、女性が6人、既に待っていた。


扉が開く。
一斉に乗り込む女性たち。
遅れて乗り込む、僕。



ドアが閉まる。



密室。

何故か緊張感が走る。



女性6人に男僕一人。

全員、あらぬほうへ向き、それぞれの世界を創っている。

なんとも言えない空気が漂う。

耐え切れず、大きい息をひとつ吐く。





と、階表示が点滅し、ある階で止まる。

扉が開く。



「いらっしゃいませ~!!」

元気のいい掛け声が響いてくる。


見ると、扉が開いた両脇には、男の店員が2人立っていて、こちらをすごくいい笑顔をして見ている。

外観から、飲み屋のようだ。



「誰か降りるのかな?」

と、周りの女性たちを見ると、

誰も店員に反応もせず、ただ、突っ立っているだけである。

店員さんもどうしていいのかわからない顔である。




やがて、惰性でしまる扉。

店員さん二人は、目も口もポカーンとしたまま、閉まり行く扉を見送っている。

乗っている僕らは、その店員さんの間抜けな顔を、まるで映画館の幕が閉まるように見納めた。




「ぷぷ」


あまりの店員さんの間が抜けた顔に、声にならない声を漏らして、噴出す。

ぽかーんて何って説明を求められたら、迷わず今日の店員さんのことを言うよと、心の中で何度もあの顔を噛み締める。




周りの女性たちをみると、今の店員さんたちの行動がなかったかのように、皆振舞っている。


「ほんとは笑いたいくせに」

心の中での笑いに留めた僕が、心の中でそう突っ込む。




ただ、エレベーターの中は、先ほどの緊張感がなくなったかのように、落ち着いたものになった。

単なる僕の最初からの思いすごしで、そんなものは最初からなかったのかもしれないが。





扉が開いて、8階に到着する。

安堵の空気が女性たちと共に扉の外に吐き出される。

遅れて出る、僕。





コンタクトレンズ屋は、久々に行ったからか、システムが変わっていた。
買うまでめんどくさくなっていた。

次回は、どっちの店にするかな・・・。

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2006年7月 5日 (水)

恋は盲目。周りは煙で見えない。

昨日、書きたかった話。


昼ごはんを食べに、初めてのカフェへ。
ランチをやっていて安かったのと、普段来る機会がなかったところなので迷わずに入る。
友人と二人で。


注文し、食事をしていると、隣の席にカップル二人がやってくる。
隣の席は、テーブルを挟んだソファーの席。
僕らは、椅子席。


「あっちのがよかったなあ」
と、目をソファーに向けると・・・・・。





●隣の席の二人の話

隣の彼氏は、ソファー部に灰皿を置いてタバコを吸い始めた。

一緒に連れてきた彼女に煙が行かないようにの配慮のようだ。

体を斜めにし、吐く煙も彼女にかけないようにする。

メニューを見るときには、タバコを灰皿に置き、彼女に気を使う。





その頃、隣の席の僕たちは・・・・・・。


●僕らの話

隣から煙が流れてくる。

彼氏は彼女に気を使っているらしいが、僕らに向けてタバコの煙を吐く。

ソファーの上に置かれている灰皿に置かれている火のついた「タバコ」からの煙が、全て僕らに直撃している。

これは全て、ソファーに灰皿を置いているからである。





「どういうこっちゃあ~!!」


彼女に気を使うのはいいが、隣の席の僕らにも気を使え~。


彼女だけがよければいいのかあ~!!




僕らが煙に撒かれていることを、本人は露知らず。
彼女の方ばかり眺めていて、置いてあるタバコを意識することもない。


「はぁ」





その後、僕らの光線が効いたからか、ただ単純にタバコを吸う気がなくなったのか、次のタバコに火をつけることはありませんでした。

「ほんとにもう」

と、会計をするために席を立つと、僕らの斜め後ろにまた別のカップルがいて、彼らだけの特別な世界に入ってらっしゃいました。





「恋は盲目」

と言いますが、どうぞ、周りの方には迷惑をかけないよう、よろしくお願いします。

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2006年7月 4日 (火)

書かずにはいられない、「彼の決断、僕の決意」

書きたいことがあって、家に帰ってきたのだが・・・・・。

テレビをつけて、そのことを知る。

「中田、引退」

あまりにも衝撃だった。

テレビの内容に釘付けになった。




流れる、今までのヒデのヒストリー。

なんなんだ、この感慨は。




とにかく悲しい。

なんとも言えない感情が沸き起こってくる。







「まだ、やれる」
なんて、言葉が軽薄に感じられるほど、当たり前すぎて意味もなく感じる。

29歳

僕の一個下だ。

ワールドカップのヒデを見ても、次のワールドカップでの活躍を信じて疑わなかった。





「引退」

スポーツ選手なら、誰でも経るもの。

しかし、見ている僕たちは、彼にその日を来ることを思い描いたことは全くなかった。




ヒデは、6ヶ月前から決意していたと言う。

6ヶ月間、ずっと意識してサッカーをやっていたのだ。




僕も、ジャンルは違えども同じ表現者。

「プロになってから、サッカー好きと聞かれても、好きとは言えない自分がいた」

プロである責任感と懸命に対峙してきた、ヒデ。

僕は、今、本当にプロであるのか?

彼の言葉から、戒められる自分がいた。




彼が自分で考え、自分で決断したことに、僕はとやかく言うことはできない。

彼の人生なのだし、彼は彼の物だ。


ただ、彼をずっと見てきた僕らにとって、ヒデを見ること、ヒデを追うこと、ヒデに期待することは、僕らの夢であり、希望であり、投影であり・・・・・。
僕らは、いろいろな物をヒデに託していたのだ。





話を戻す。

僕も表現者である。

ヒデが一生懸命ボールを追いかける姿に皆が投影するように、
僕も一生懸命僕の追いかける物、追いかける姿を見せて行こうと思う。

その姿を、ヒデのそれのように、みんなが見てくれて応援してもらえる自分になって行きたい。





ヒデがいなくなったわけではない。

違うフィールドで、再会したいと強く思った。

ヒデとゆっくり話してみたい。






お疲れ様。

そして、こちらこそ、

”ありがとう”

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2006年7月 3日 (月)

言葉は、時に出世魚のように

すれ違った女の子二人が話している声が聞こえてしまった。



「ほんとに、男子はさ・・・」



ピピ。



『男子(だんし)』 という言葉に反応する。




「男子ねえ。最近使わないなぁ」

小学校から高校までは、いっぱい使ってきたし、言われてきた。


「男子はいつも汚い」 とか、
または逆に
「女子はうるさい」 などの使用方法で
(『男子~』、『女子~』に続く言葉で、いい言葉や文章がつくことは、あまりない) 。




そんな『男子、女子』も、大人になるとほとんど使わなくなる。

同じ意味の


『男』『女』

または

『男性』『女性』


に取って代えられる。




好きな子ができた時に、
「好きな女子ができてさあ」

とは、あまり使わない。いや、ほとんど言わない。




『男子、女子』の「子」は子どもだから、大人になって使わなくなっただけの話なのだろうけど。





でも、小さい頃は、とにかく区別をしたくて、区別されたくて『男子、女子』と使っていたような気がする。恥ずかしさもあいまって。

ただの呼称以外に、「異性であることを認識したく、認識したくない」もどかしい、何か意味が付け加えられていたような気がしてならない。





言葉が出世魚のように変化した。

ただ、同じような意味でも、意味合いは変わった気がする。

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2006年7月 2日 (日)

街の喧騒の中で独り、部屋の中でひとり

昼間は友達と会い、夕方からはジムに行く。
体を動かし、そして外に出る。



街は、夜の色に変わっていた。
人通りは、相変わらず多い。






もう、家に帰ればいいだけなのだけど、知らず知らずに、家とは反対の方角に足が向いていた。
寄る理由のない、コンビニに入る。




いつものように意味もなく、または買いたい物があって入ったわけではない。




「人恋しかったのかもしれない」

本を立ち読みしながら、そう思った。





コンビニには、僕の隣で立ち読みをする人、今日の晩御飯を選んでいる人などがいる。

読みかけた雑誌を閉じ、コンビニを出る。

コンビニ前の通りは、変わらず、人が行きかっていた。






「なんで、多くの人に囲まれている時ほど、寂しさを覚えるのだろう」

家に帰る方角に向き直り、そう思った。




人のざわめき、食器の触れる音、バイクのエンジン音・・・・・・。

僕に聞こえる全ての音、見える全ても物が、何か僕に「寂しさ」を誘発しているようだった。







家に帰る。



一人。






テレビを消したり、つけたりする。

インターネットを開いたり閉じたりする。

携帯を閉じたり、開いたりする。







外にいるときより、寂しくなかった。


一人でいるのに、全然、寂しくなんてなかった。

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2006年7月 1日 (土)

僕しか知らないアイスコーヒーの秘密

唐突だけど、僕はアイスコーヒーが大好きでした(今でも好きだけど)。




小さい頃の話です。

家族で、レストランに食事に行くと、かなりの確率で、「アイスコーヒー」を一緒に頼みました。




子供なのに・・・。

そう。「苦さ」は不得意だから、他のものにすればいいのに、あえてアイスコーヒーを選びました。

もちろん選んだ理由は、「苦さ」への憧れ、そう、大人の階段を登るためもあったのだけど・・・、




本当の理由は・・・

苦さを紛らわすために入れる、「ミルク」と「ガムシロップ」で、かさが増えるから。




頼んだものが出てきた時の量より増えると、なんか嬉しくて得した気分になって、ほくそ笑んで、誰にもこの事実を言いたくなくて(弟には特に教えてあげたくありませんでした。僕だけのことにしたいから。変ですね)・・・・・。





今日アイスコーヒーを頼んで、「ミルク」と「ガムシロップ」を入れた時、

「あ、昔、そんなこと思ってたな」

と、久しぶりに「増えた嵩」を懐かしんだ、ひとりで食べる昼ご飯でした。

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