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2006年8月31日 (木)

現実に目の前で行なわれている現実


駅近くの踏み切りに捕まり、ぼーっと視線を彷徨わせる。
今日あったこと、これからすること、頭の中に思いが駆け巡る。


電車が入ってきた。
なんとなく視線を車両の中へとくぐらせる。


中には、いろいろな人がいた。
ドアによりかかり本を読む人、音楽を聴く人。
つり革に手をかけ外を眺める人。
友人と談笑をする人。
ただ目を閉じる人・・・。



その人たちは僕の目の前を移動していく。
どんどん流れていく。


「面白いな」と思った。
人の集合体が移動してくのだ。それを僕は見ている。
彼らはそれぞれの時間、空間を作りながら移動していく。
本を読み、音楽を聴き、自分の空想を楽しみ、外の景色を楽しむ。
彼らは確かに移動はしているが、移動という行為を自らの力で積極的に行なっているのではなく、あくまで移動は電車が行なっている。
彼らは手段を使って、そこに存在しているだけなのだ。
本を読んだりしながら。


その存在している彼らを、僕は見ている。
集合体として流れていく様を見ている。
まるで街を切り抜いて、それが流れていくようだ。





全ての車両が通り過ぎていった。
踏切が開く。
電車の中の現実から、僕が今ある現実に戻された。
行き過ぎた電車の後ろを見送る。
彼らの時間の全てを包み込んでいる電車はすごいなと思った。

僕は闇に包まれ、家路へと急いだ。

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2006年8月30日 (水)

聞くのもコメントするのも余計なお世話なことだが

友人ととあるカフェに入る。
夕方近かったからか、かなりのお客さんが来ていて席は限られていた。
座る席を決め、コーヒーを頼んで席につく。

席の左隣には若い女性が一人で座っていて、右隣には若い男性、女性、年配の女性の3人が座っていた。
と、席につくなり、右隣のテーブルから負のオーラを大いに漂わせたセリフが飛んでくる。



「もう大きくなっているんだから、産むんだから」
この一言で、このテーブルで何が行なわれているのか、どういう関係の3人なのか見事にわかってしまった。
若い男性と女性は付き合っていて子どもができてしまった。それを女性の母親に報告する。この図式、この関係。

「ここでか」
このカフェでは不釣合いな重い話に、友人と僕はしりごみした。
ただ、この話を聞いていると思われたくないので、無理にでも自分らの話を広げた。
「ここのコーヒー旨くない?」
話をしつつも、隣の会話は気になり耳を立てる。



母親・・・

話を聞いているに(聞いていないように務めながら)、母親はなんとか理解に務めようとしているようだった。しかし、言葉ではそういいながらも、言葉に思いが入らない。力強さがない。心はうらはらで、言葉は中を彷徨っているようだった。

「今度は焼肉かすき焼きがいいわね」
娘の相手に、言葉では笑いながらそう言う。
男はそれを察したのか答えることができないまま、娘に話を取って代えられてしまった。



男・・・

彼は僕らがいる間はほとんど声を発しなかった。
緊張していたからなのか、それとも彼女が全部話してしまうからなのか。
理由は両方だと思われる。
母親が男に質問したことも、全て彼女が答えてしまう。
余計な事を喋らせないようにするためなのか、自分を守りたい、自分らを守りたいからなのか、懸命に自分ひとりで防御を張る。
男は、ただ黙して語らず。
彼女や母親の話をぎこちない笑みで答えるだけであった。



彼女・・・

彼女が母親をここに呼び出したのであろう。
厳格な父親に言う前に、まずは母親に。
「お父さんに言ったら、あなた何されるかわからないわよ」
母親がそう言う。
「産む時は彼には一緒にいてもらうから。見て倒れるなら倒れればいい」
彼はその言葉にも、何も口を挟まなかった。
彼女は鼻息を荒げながら、その後も言葉を続けた。



3人はあらかた話し終えたからか、店を後にした。
僕らは自分らの話をその後しげく交わした。




男、女、母親・・・

男、女と母親の関係より、男と女の関係が気になった。
今日の様子では、あまりにも男は頼りなく、女は強すぎる。

余計なお世話だが「幸せであってくれればいいな」とコーヒーを飲みながら願う、
陽が暮れたカフェだった。

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2006年8月29日 (火)

新潟妻有・・・名残を大いに残して帰郷する

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27日日曜日、十日町市浦田地区で行なわれた、芸能祭に参加し、「ひとり即興芝居」をやってきました。
東京から来た僕のためにプログラムに入れてくれて、10分間ほど演じさせて頂きました。



会場の体育館に入ると、来ていたお客さんはおじいさんおばあさんばかり。
計100名以上いらっしゃいました。
果たして僕のやるものは受け入れてもらえるのだろうかという不安がありましたが、
「やりがいがあるな」
と発奮し、自分の番を待ちました。




10分の僕の演目が終わる・・・。
皆さん、とても楽しんでくれました。
終わった後、いっぱいの拍手を頂いたり、声をかけてくださったり・・・。




その中の一人のおじいさん。
僕の番以前に、バイオリンを弾いたおじいさんでした。

「よかったよ」
と声をかけてくださいました。
おじいさんは聞くところによると、独学でバイオリンを学んだとのこと。
今回の演奏では、バイオリンで「川の流れのように」を弾いて下さいました。

「俺がバイオリンでバッハやベートーベンを弾かないのには理由があるんだ。
みんな聞いてたってつまらないだろう。みんながわかるもの。喜ぶものをやるんだ」
おじいさんは僕に近寄り、耳元でそう教えてくださいました。

「喜ぶものをやる」
そうだな。僕にも大いにあてはまること。
僕が楽しいだけではいけない。
お客さんが喜んで楽しんでくれるものでなくてはいけない。楽しませなくてはいけない。



おじいさんは続けます。
「ここに出ている人みんな、表現したいんだ。
みんな、主婦だったり、仕事持ってたりしていて、普段抱えていることを発散したいんだ」

「表現したい」
誰にでもある、衝動。
おじいさんはバイオリン。
僕は即興芝居。
僕は仕事であるけれど、表現したいという衝動は常に持ち続けなくてはいけない。
というか、なければやっていけない。
「表現すること」を仕事にできてる自分に、誇りと頑張らなくてはと気合を感じました。



「また来てよ」
おじいさんはそう僕に声をかけて、離れていきました。





舞台では、小学生が伝統の踊りを披露していました。
見事に綺麗に踊っています。




僕は思う。
「芸術を通して、交流できるって本当に素敵だな。
芸術活動をする一個人としてここにいられるのは、とても幸せだ」






芸術祭が終わり、新潟妻有を後にする。
子どもたちと遊び、ひとり芝居を演じ楽しんでもらった。
「人と接するのは楽しい。人間って素晴らしい」
そう、再認識をした短すぎる3日間でした。

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2006年8月25日 (金)

人と町と作品の調和を実感する

人と町と作品の調和を実感する

夜、車でとある集落に入っていく。

すると、ホタルのような仄かな淡い光のオブジェがいたるところに見え始めた。

この集落の家々の軒先に、光のオブジェが取りつけられているのだ。

坂道を下っていくと、棚田のように段々と並ぶ家々からの淡い光が、とても幻想的に、町全体が一つのオブジェかのように存在している。

このオブジェは、集落の人たちが2003年の芸術祭後自主的に点灯しているものだという。




今日は、昼に妻有に着くと、去年同様、子ども達と「里山かくれんぼ」という名前の缶けり大会をした。 子ども相手でも本気になりかけ、遊びすぎた。どっちが遊ばれているのだか…。

その後、ワークショップの手伝いをする。 子どもと格闘。格闘。 もまれながらも、楽しい時を共有できた。

夕御飯。
町の高台にある、元山荘で夕飯を頂く。周りはどこを見渡しても闇、闇。この家の灯りを消したら、10メートル先もわからない。
上を見渡すと、満天の星。
しばらく眺めていると、いくつもの流れ星を発見できた。
発見する前は 「お願い事を言わなくちゃ」 なんて思っているが、
実際見つけると、 「あ、流れ星!」 と言うだけで終わってしまう。残念なことをした。




明日はまたワークショップを手伝い、空いた時間で他の作品を見て回る。

「町と人と作品の調和」 この大地の芸術祭を見て、参加して大きく感じたことである。

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2006年8月22日 (火)

とびっきりの「熱い夏」を用意したのは

あれだけ逆転につぐ逆転のドラマを起こしていた甲子園の神様が、
決勝だけは落ち着いて見ようかと、穏やかになった。
ただ、神様は欲深で「もう少しみていたい」と決着をつけなかった。
そんな神様の茶目っ気なのか、今日、決勝戦再試合。




1回から試合は動く。
駒大苫小牧は、エースを温存して来年のエースをマウンドに送る。
その未来のエースが打たれた。
早稲田に1点が入る。

やはり、今のエースが出なくては始まらない。
1回から登板することになる。
このドタバタが今後試合にどう影響するのであろうか。



早稲田のエースは、昨日15回を投げた疲労を全く感じさせない投球。
体をいっぱい使っての伸びのある速球、高速スライダーを投げる。
昨日からの2度目の対戦であるはずの駒大バッターは、手も足も出ない。

駒大エースも立ち直り、切れのある球をキャッチャーミットに放り込む。
手に汗握る投手戦の様相がでてきた。





天気は晴れ。
スタンドは満員。
神様は二チームに最高の状況を作り出してくれた。
時には「甲子園の魔物」が選手を飲み込もうとするのだが、その魔物の出現を抑え、二チームにほんとの力比べをさせているようだった。
二チームの真の力の対決・・・。





6回。駒大の先頭打者が大きなホームランを打ち込む。
1点差。
ここまで逆転につぐ逆転で勝ちあがってきた駒大。
1点差なら、まだわからない。
しかし、早稲田のエースはここでもまだ表情では動じない。


6回、7回と早稲田が点を追加する。
勝負ここであったか。
多くの観客が思ったに違いない。
「早稲田のエースの状態があまりにもいい。
逆転は起こらないのではないか」





しかし、ドラマは最後にクライマックスを用意していた。
神様もようやく重い腰をあげたらしい。





9回、ツーランホームランで1点差。
まだノーアウト。


悲鳴にも似た歓声。
手の汗が滲む。
早稲田ナインがマウンドに集まる。
天を仰ぐナイン。
神様は彼らを見て何を思ったか・・・。



「三振!」

スリーアウト。
早稲田実業、優勝。
クールなエースが顔をくしゃくしゃにする。
駆け寄るナイン。
笑う、駒大エース。
沸き変える、スタンド、実況席・・・・・・・。





甲子園の神は、今年ほど忙しく感じた年はないだろう。
選手の頑張りを感じ、負けない心を感じ、実力を感じた。
白黒をつけたくない、神のココロが多くの試合を緊迫にしたのだと思う。




早稲田のエースは、みんなを信じ、守り、嬉し涙を流した。
駒大エースは、力を出し切ったと、頬を崩した。




甲子園の神は言う。
「今年の夏は短い。
だから熱い、熱い、熱い夏を用意した」
と。





夜、街を歩く。
甲子園が終わった夜は、秋の気配が感じられるほど涼しかった。

「熱い夏」
僕らの感動と、涙と共に終わりを告げたようだ。

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2006年8月19日 (土)

店も店員もコーヒーも・・・まるで蜃気楼のように

東京コメディストアのメンバーで「麻布十番祭り」に出演すべく、麻布十番に向かった。
駅に降りると、もう街は祭の匂い。
屋台で何かを焼いているわけではないのだが、街の雰囲気が匂いを醸し出しているような気がする。

出演前に打ち合わせをしようと、手ごろな場所を探す。
マック、スタバ・・・などなどあたってみるが、どこも祭目当てのお客なのか、混んでいる。

と、メンバーが空いているカフェを探してきた。
一緒に向かう。

「カフェ?」

外ガラスは茶色く透けていて、入り口は狭い。ビニールの看板には、
「レストラン・喫茶 ○○○○」

「レストラン・喫茶?」
外観はどう見ても、古びた喫茶店。
レストランと呼ぶには、しかもレストランとカフェを組み合わせるのは・・・。
何か事情がありそうである。
興味が沸く。



中に入る。
中は、外以上にレトロ。
小狭なところに、机が何個か並ぶ。机には大きなビニールのテーブルクロスがかけられている。まるで何かを隠しているかのようだ。

そんなことを思っていると、メンバーの一人が、テーブルクロスをめくって
「あ、ゲーム機だよ」
と、店員さんにも聞こえるくらいの大きな声で言った。

「へえ」
と、覗きこむ。
懐かしい。ブラックジャック系のゲームのようだ。

「あ、故障中」
ゲームの説明書きの隣に、白い紙で「故障中」とセロハンテープで貼ってあった。
「使えないのね」
だから隠してあるのか。納得。




「いらっしゃ~い」
年配の女性の店員さんが、愛想よく僕らにやってくる。
僕は慌てて、テーブルクロスを元に戻した。

「暑かったでしょ」
冷たいお手拭を渡しながら、そう言う。
ありがたい。外は猛暑だ。これで、顔を拭こう。
周りの女子には構わず、顔、首を拭きまくった。



暑かったこともあり、アイスカフェオレを頼むことにした。
他のメンバーもアイスコーヒーやら、ホットのコーヒーを頼む。
一人の女性メンバーは「ナポリタン」を頼んだ。
彼女が頼んでいる時に、食べ物のメニューを盗み見た。
6~7個しかメニューがない。
「レストランかよ、ここ」

 
「はいは~い」
店員さんは僕の思いも知らずに、奥へひっこんでいった。


と、そこには、白髪に白い口ひげを蓄えた男性が、威厳を保ち立っていた。
その男性は、カップで何かを慎重に測りながら、何かの容器に入れている。
「もしや、コーヒーを本格的に淹れてくれるのかな」

麻布十番のしなびた喫茶店。
場所代なのか、とても高いコーヒー。
美味しさは求められないかと思っていたが、なかなかどうして。きちんと淹れてくれるのか。
こりゃ期待大だ。




と、妙に感心をしているところに、おばさん店員がトレイを持ってやってきた。
「お待ちどうさま。こちらアイスカフェオレと、アイスコーヒーね」

「へ?」
白髪のおじさんバリスタは、まだカップで何かの容器に入れている。
てっきり、アイスコーヒーもしっかりと淹れてくれるのかと思っていた。
注文してから、2,3分でやってきた。
冷蔵庫から取り出して、注いできたようである。

「なんだよ~」
おじさんはまだ真剣に注いでいる。

その後、大して時間差がなく、ホットコーヒーもやってきた。
こちらもきちんと淹れてくれたわけではないのだろうか。




アイスカフェオレを啜る。
ガムシロを入れたせいなのか、近くのチェーン店で飲むカフェオレと大して違わない味がした。
「うん。味なんか求めていない」
そう、自分に言い聞かせ、
暑かったし、のども渇いていたので、一気に飲み干した。




飲み終わり、周りを見ると、
地元の人なのだろうか、2,3組の客がやってきていた。
彼らは自分たちの雰囲気をこの喫茶店に合わせているのか、ここに合うからやってきているのか、この店に同化してしまっていて、いる気配を全く感じなかった。

おじさん、おばさん店員も同様であった。





店を出る。
外は猛暑。
「あつっ」
僕らはここでコーヒーを飲んだことも忘れたかのように、ライブ会場へと歩を進めていくのであった。

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2006年8月18日 (金)

自分の身の上を案じ、さらに冷や汗をかく

前回の日記から続く。




電車は駅に到着し、僕は乗り換えるために階段を使い他のホームに移動した。
乗るべき電車が来るまで、あと2,3分ある。
あまりの暑さでのどが渇いたので、売店を探して飲み物を買うことにした。


少しホームの前方に進むと、売店があった。
周りを見渡す。
と、ガムやチョコレートが並んだ棚の隣に、飲み物が入ったガラスのケースがあった。
何を飲もうかチョイスをして、おばさんに言った。

「すいません。イオンウォーターをください」

しっかりと滑舌よく言った。
聞き返されて、時間をロスするわけにはいかないから。


すると、おばさんは
「外に扉あるから、そっちから取って」
憮然と僕を見ずに言った。

外に扉があったのか。
こりゃミスった。
大幅な時間のロスだ。
時間を気にしながら、扉を開け、イオンウォーターを取り出す。



商品を見せようと、おばさんのところに持っていくと、他の人の応対をしていた。

「あらら」
と思っていると、そこに僕が乗る電車が入線してきた。

「まずい」
これに乗り遅れると、時間に間に合うか微妙になる。
駅から走ることになる。
この暑さ。
走ったら、今日のこの長袖シャツでは、風通しも悪く汗でびしょびしょになってしまう。



手に持った、イオンウォーターを元の位置に戻そうか悩む。
前の人の買い物が終わる。
戻すのが早い?買うのが早い?
ん~。どっち?


「はい。イオンウォーターね」
おばさんが僕の思いを察したのか、ぶち壊したのか、持っていたイオンウォーターを取り上げ、会計をし始めた。

「あ・・・」

「150円ね」

「間もなく電車が発車します」

「え?」

「はい。50円のお返し」

「プシュ~」

「あ・・・」

お釣りを受け取り、横を振り向くと、扉は閉まり電車は僕を残し出て行ってしまった。



「あ・・・」

手に持った、イオンウォーターと閉じかけた財布・・・。




「おばちゃん・・・」
あんた、ホームにいるんだから、電車のこととか察しろよ。
もっと急ぐとかさ。

おばちゃんが悪いわけではないので、ぶつけることのできない怒りを覚えながら、イオンウォーターでのどを潤す。

「はあ。この水分も、走って消えちゃうんだろうな」
これからの自分を案じ、次の電車を待つのであった。

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2006年8月17日 (木)

人の振り見て人の振り見て我が振り思う

電車の中での出来事・・・・・




僕の目の前に、キャミソール姿の女性が二人座っていた。
二人は全く関係はないらしい。
左の女性は一人で座っていて、
右の女性は友達と一緒に喋りながらいる。



なんとなく前の二人を見ていると、
右の女性が、左の女性の右腕の部分をちらっと見た。
僕も目を向けた部分を追うと、右腕には蚊に刺されたと思われる、赤いポッチができていた。

すると、右の女性は、自分の腕を見だした。
彼女が見ているのは、自分の腕にある赤いポッチ。
隣の彼女を見て、思い出したのだろうか、痒さがぶり返したのであろうか、
しげしげ見ている。




そんな彼女らを見ている、僕。

腕・・・・・。

見る・・・・・。

僕には刺された跡はないけれど、なんか、痒くなってきたような。





人の振り見た人の振り見て、我が振り思う。

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2006年8月14日 (月)

ふるさとで英気を養いコンディションをあげる

ふるさとで英気を養いコンディションをあげる

実家長野に戻ってきました。短いですが、少し休養です。



さて、遠いふるさとの地から皆さんにお知らせです。


今週木曜日17日、即興グランプリ「エスワン」の第6ラウンドがあります。
場所はいつもの 渋谷クロコダイル
時間は 夜8時から



全10ラウンドの後半戦がスタートします。
「即興」という武器、能力、テクニック、感情、パフォーマンス、ぶつかり合い、個性、エンターテイメントなどなど・・・・・で競い合う、 新しいエンターテイメント「エスワン」。
時間のある方はぜひご来場ください。

詳細は 東京コメディストアジェイホームページ にあります。

お待ちしています~。



私、りょーちんは夏らしく熱く熱く望みます。



追伸
夏のこちらはとても涼しいです。風邪を引かぬよう気をつけます。
コンディション、コンディション。

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2006年8月13日 (日)

毎回同じアミダくじに苦戦をする

友人宅に行こうとする。

月に1回は尋ねている、家なのだが・・・。
毎回、きちんと辿りつける気がしない。



改札を抜けると、駅前のパチンコ屋から「マツケンサンバ」が聞こえてきた。
客が店から出て扉が開いたから聞こえたのか、すぐに聞こえなくなった。
僕は友人宅に向かう。





「相変わらず、不安だ」


駅前の通りは一本道で、左手に何本もの同じような路地が出ている。
この「同じような」、「何本もの」が曲者なのである。
このせいで、いつもどこで曲がったらいいのか皆目検討もつかない。

「何故、覚えないのか」
それは、この路地が出る道に問題がある。
路地を抜けると、また大きな一本道に出るのだが、どの路地を抜けてもここに辿りつくのである。
つまり、間違った路地に入ってきたという認識が持てない。


さらにこの一本道が終点ではない。
ここには前述の一本道と同じように、また左手に路地が何本も延びていて、このうちのどれかの路地沿いに友人宅があるのだ。


「覚えればよいではないか」
再度、疑問を繰り返す。
覚えられない理由がもう一つある。
「どの路地も同じようなつくり、同じような背景なのだ」
見渡す風景もほとんど違いはない。
同じような形の家、木、塀・・・。
目印をつけれるものはほとんどない。


ま、言い訳なのだが・・・。





今日も、友人宅へ向かう。


「合っているのかな。この道」
道が僕に対して教えてくれるはずもなく、ただ無言でめんどくさそうに僕の往来を見送っている。
日は暮れ始め、あたりは暗い。
「あいつの家に、昼間来たことあったっけ?」
迷う原因はそこにもあるのかもしれない。


最初の路地を曲がり、一本道に出る。
そして、たぶんここだろうという確信に満たない思いのまま、次の路地を曲がる。

「まるでゴールがわからない、あみだくじだ」




あ、そう。
一番、道を覚えない理由を言うのを忘れていた。

毎回どこで曲がったらいいか悩む、友人宅への道だが、
実は、友人宅に着けなかったことがないのである。
何故か、毎回感覚で友人宅に到着できている。
しかも、戻ったり、行きなおしたりせず・・・。



「ま、毎回着けているし、いっか」
一回着けずに、自分を懲らしめられたら、目を凝らして頭を一生懸命使ってでも覚えるだろう。
それまでは、覚える気は全くない。

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2006年8月11日 (金)

カラダとココロのウラハラな温暖化

遅い昼飯をモスでとる。

普通のご飯屋に入ればいいのだが、
「ご飯も食べれてお茶も飲めてゆっくりできて安上がりなところ」 と、
いろんな店を天秤にかけるとどうしてもファーストフード店になってしまう。

と、誰に言い訳するわけでもなく、店に入る。




「しかし、寒い」

『しかし』という接続詞が入るということは、常日頃から思っているということである。
つまり比べるべき前者があるといいこと。


いつもながら、いろんな店に入る度に思う。
「なんで店の中はこんなに寒いのだろう」
ほんと、冷房の利かせすぎ。
今日なんて、外は30℃以上もあるんだから、差し引きで考えればこの温度では寒すぎるのはわかるだろうに。

僕が冷え性&冷房病だから、こんなに敏感に感じるのだろうか。
確かに言えなくもないが、逆にここにいるみんながおかしく見える。

「だって夏だよ。暑いのは当たり前じゃん。暑いのを暑いと感じるのは当たり前であって、寒く感じさせるのが異常じゃねえ~」
声を大にしてそう思うのである。

寒がりな僕でも、冬の暑すぎる暖房でさえ疑問に思う。




と、まあ、強く怒りを覚える僕だが、周りの皆さんが暑がっているなら、
強く「温度をあげて」とも言えず、毎日長袖のジャージを持ち歩く日々なのである。
だって、1対30では意見を押しつけられない(あまりに寒すぎる時や風が直撃する時には、我慢ならず言うが)。




なるべく被害に遭わないよう、エアコンの位置、風の向きを気にして座る。
床が芝生だったら、芝を放りなげて風向きを調べたいくらいだ。

買った物はバーガーのセット。
飲み物は体が冷えてしまうが、アイスコーヒー。
こんな僕だって、夏気分を味わいたい。



目の前にはキャミソール姿の季節感ありありの女性が座る。
かたや、長袖のジャージにファスナーを首まであげた男、僕。

「あれだけ肌を露出していて、寒くないんかね~」
僕の声なき声はジャージのファスナー前で止まってしまった。





ただ一つ、いいこともあった。
前回来たとき 「領収書ください」 と言って、バタバタしていた店員さんが、今日同じことを言ったら、冷静に対応してくれた。

「進歩じゃ~ん」
声ある声で叫びたかったが、変な人だと思われるので(そう思われるのに慣れてはいるが)やめといた。

でも、一瞬だが、心が温かくなった。

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2006年8月 9日 (水)

穴倉を出ると空は異様に赤かった




蟻だと思った。「働き蟻」。決して悪い意味で思ったわけではない。


地下鉄に乗り込もうと、地下構内をスーツ姿の人に誘われるよう歩いた。
地面の下をまるで規則だった集団のように一箇所に向かう。
まさに「蟻」。

僕も吸い込まれていくように改札へと向かった。




仕事を終え、電車で稽古場へと向かう。


この人だちのおかげで経済は、日本は支えられているのだと改めて思う。
汗をたらし、電車の中でも仕事関係の書物に目を通している。
本気なのだ。

「女王蟻は、会社の親玉か。それとも税金を巣くう国の親玉たちか」
おそらく後者だろう。
とある県では、裏金発覚を恐れて、吸い上げたお金を燃やしたという。
汗水たらしたお金を燃やしたのである。





地下を抜け、外に出ると、空は茜色に染まっていた。
ただただ、赤く、赤かった。
襲い掛かってくるのではと思うほど、赤かった。
空は怒っているのだろうか。
それとも笑っているのだろうか。
それはわからないが、空を見て、この光が多くの人を染めてほしいと思った。

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2006年8月 8日 (火)

連鎖していく、同じ突っ込み

「突っ込みは連鎖されていく」
そんなお話。


先日電車に乗っていると、車内アナウンスが流れてきた。

「・・・現在、車内でもパスネットカードを発売しております。これから私、車掌が車内を巡回しますので購入希望の方は私に・・・・・」
などという趣旨のアナウンスだった。


先頭車両にのる、私。
周りには多くの乗客。身動きがほとんど取れないほどの乗車率。


「どうやってここまで車掌がくるんだ?」
突っ込みたくなる衝動を抑えきれず、軽くココロの中で突っ込む。


それが伝染したのか、周りの乗客も
「どうやってくるんだよ。車掌」
「何いってるんだ。車掌」
小さい声だが、口々に言い出す。



パスネットを持った手を上げながら
「パスネットは入りませんかぁ?パスネットぉ~」
と、掻き分けながら車掌さんがやってきたら面白いなあ。
そう思いほくそ笑んだが、
「そりゃあ、かなりの迷惑だよ」
と打ち消し、車掌の言葉を思い出し、笑った。




追伸
たぶん僕が思うに、後部の車両は車掌が悠々通れるくらい、空いていたのだと思われる。
しかし、僕らは後部が空いているとは思っていなかったし、満員の状態で「巡回する」と言ったことがとても面白かったのである。

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2006年8月 6日 (日)

さあ、みんなはこの問いをどう解く

国際色豊かな新大久保での話。



午後3時

韓国の友人に会うために、新大久保へ。
駅の改札前で、彼を待つ。

柱に寄りかかり待っていると、隣にいた若いギャル風の女の子の電話での会話が聞こえてきた。
「夜遅くに電話してごめんね」



夜遅くに?



飛び込んできたこの言葉に深く反応してしまった。
だって、今は昼真っ盛り午後3時。
夜どころか、日差しがまぶしく、どこをどう逆転してもどう見ても、昼にしかみえない。

果たして、彼女の真意はなんなのか。
その後、その発言を訂正することもない。
僕なりに考えてみることにした。




①相手は外国にいて、今、夜遅い時間なのだ


まずはそう考えた。
しかし、彼女は今日横浜のどこで待ち合わせをするかと言う話をしている。
さすがに、時差のそんなに離れているところから今日会いに来るのは無理だろう。

この考えははずれる。




②相手は夜の仕事をしていて、「夜を昼」、「昼を夜」という生活をしているのだ。だからそういう表現になった


あまりにも複雑に考えすぎているが、この説はありだろう。
午後3時を午前3時だと考えれば、夜遅くにという表現は当たり前になる。
相手は12時間逆の生活をしているから、そういう表現を使ったのだ。
うん。きっとそうだ。これしかない。




僕の思いをよそに、彼女は会話を繰り返している。
いっそ、彼女に聞いてしまいたい。

「なんで、『夜遅くにごめんね』なの?」って。
聞きたい・・・。





「お待たせ。待った?」
肩をたたかれ振り向くと、韓国の友人が立っていた。
「暑いね」

ここからは彼女のことはもう忘れてしまっていた。




なんだったのか、真相は闇の中へ。

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2006年8月 5日 (土)

今思い、それが過去になり、今思った

僕の中の表現には、今、限りがある。
まだ、「限り」までには、到底辿りついていないけど、「限り」がある。
僕の今までの人生30年の経験してきたこと、得てきたこと、学んできたこと、見たこと、聞いたこと・・・・・。
その中でしか表現することができない。
今まで相当許容量を拡げてきたけど、「限り」がある。





そう、今思った。





でも、すぐその場で打ち消した。





僕にも、みんなにも「限り」というものはない。
だって「今、現在」も自分はみんなは続いているのだから。
見ているのだから、聞いているのだから、学んでいるのだから、遊んでいるのだから・・・・・。
「限り」はない。「限り」はとてつもなく拡がっていく。
だから、僕が表現できることも、とてつもなく拡がっていく。
自分が求めるほど、求める努力をすればするほど拡がっていく。




僕が選んだ「即興」の世界。
僕はどこまで進めばいいんだ。
死ぬまでに「限り」に辿りつけられるのだろうか。
自分に挑戦してみたい。




辿りつくはずのない戦いに、今、
「スタート!!」

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2006年8月 3日 (木)

突っ込みはココロの中で、軽く

企業研修の仕事で、天王洲まで。





下北沢からまずは渋谷に向かう。

隣の駅で、若い女が乗り込んできた。
二つの大きなバックに、手にはシェイク。
容器まで呑む干すのではないかと思うくらいの勢いでストローですする。
と、持っていた袋の中から、ヨーグルトドリンクを取り出した。
さらに、手のひらからは薬が何錠か顔を覗かしている。
それを、ヨーグルトドリンクで勢いよく飲み流す。

「膜張っちゃって、効かないだろうに。それじゃあ」





渋谷から浜松町まで山手線で向かう。

浜松町近くになると、次に乗り換えるモノレールが見えてくる。
見えるモノレールは、外面、全車両「ポケモン」

「遊園地の乗り物に見えるよ。それじゃあ」



乗ったモノレールは、内装もポケモンだった。





仕事が終わり、下北沢に帰ってきて本屋へ行く。

意中の本を探しあて、レジに行って購入しようとする。
代金を払って、領収書をもらうことにした。
名前を名乗り、記入してもらっていると、
但し書きに「書籍代」と書き始めた店員さんが、
「書籍代でよろしかったですか」と聞いた。

「書籍代」と書き始めているのに、そう聞いた。

問題がなかったので「はい」と答える。

「でも、書籍代ではまずいって言ったら、この人どうしたんだろう。
書き直すしかないよ。それじゃあ」





突っ込みを入れたくなった、今日、この日。

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2006年8月 2日 (水)

蛍光灯の豆電球が切れたままの理由

「蛍光灯の豆電球が切れたままだった」

そういえば、である。全く気がついていなかった。
ずっと家では、電気を全部消して寝ていたし、豆電球のままにすることはないから。




小さい頃は多少明かりがついていないと寝れなかった。
全部消してしまうと、全てが暗闇に覆われ、目を開けても開けているのかわからなく非常に怖く、親に「豆電球はつけておいて」と頼んでいた。




でも、今は全部消して寝られる。
それは、自分が大人になったからということもあるが、
家の周りが明るく、電気を全部消しても、籠もれ明かりが入ってくるから明るいのでという理由もある。




今は、ほんとに、夜も明るい。
街はネオンだらけだし、その影響からか、空を見ても黒くなく、紫がかった色をしている。

夜になれば空は黒く、星が出るものだと教わってきたが、東京にきてからはそうとも言えないことを学んだ。




夜は怖いものだった。
さっきも書いたが、あたりは何も見えない。
自分がどこにいるのかもわからない。
何がやってくるかわからない。
自分も見えない。

お仕置きで夜外に立たされた日にゃあ、何か恐ろしい物に連れてかれるような気がした。





外に出てみた。
空を見上げると、天気が悪いからか、空の色がグレーとも紫がかったとも言えない、不気味な色をしていた。

子どもに夜の空を描けと言って、この色を描くとしたら、
なんかかわいそうだなと思った。



空。
夜の黒さ。
吸い込まれていく怖さはあるが、そういうものであってほしい。

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